触手の二


思いがありすぎて自分で処理しきれない時があるのは、猫も同じなのか。いつもいつも客人には猫なで声ですり寄って、おもてなしをするのが愛猫の流儀だったのに、久しぶりに再会を果たした私に対しては、明らかにぷいっとした態度をみせた。怒ってみせている。「何よ、いまさら」と背中で訴えている。そのあからさまな態度が私には嬉しい。なぜならそれは翻して私を待ち望んでいたということが、手に取るように解るから。
寝る間際になってようやく小さく鳴きながら、私の元へすり寄ってきた。以前より少し痩せた身体を、手のひらで撫でる。次第にゴロゴロと喉を鳴らしてきて、いつもの愛猫の表情を取り戻してきた。毛を撫でるこの行為で私は今までどれだけ救われ癒されてきただろう。言葉に変換しづらい多くのやりとりが、膝の上で、彼女の毛と私の手のひらとが語り合う。子どもともパートナーとも親友とも違う。唯一無二な感覚。