ごとうなみ展「ゆりかごをすてて」
2021/5/23(日)ー6/5(土)/元麻布ギャラリー 佐久平
http://www.motoazabu-gallery.com/gallery/?id=1427185407-492403
11:00-19:00/木曜日休み/土日は作家在廊
[ゆりかごをすてて]ステートメント
およそ25年暮らした長野でしたが、子育ても終わり、いよいよ自分の晩年が始まろうとしているタイミングでした。長く美術学校の講師の仕事をさせていただきましたが、周りの先生方はプロとして活躍されている方ばかりで、そんな中自分のアーティストとしての成立が未だ中途半端な気がして、心の底では劣等感を感じていたのだと思います。よほどの大家で無い限り日本国内にいる大半のアーティストは、講師など他の仕事をしながら制作を続けているのが現状で、当時、私の置かれていた環境はそういう意味でとても恵まれていたものでした。けれど、早くに結婚し子育てをしてきて後回しにしていた未達成の目標に挑戦したいという気持ちを拭うことはできませんでした。さらに付き合いのあった男性と彼を含めた取り巻きの方たちから数年ことごとく無視をされるという出来事もあり、狭い世界の中で精神的にもとても辛い日々でした。このベクトルの違う二つの出来事が重なって、長野を出ることを決心し、向かった先が横浜市中区のAIRでした。慣れない環境や、更に昨年発生したコロナ禍により、内省するには十分な時間を与えられ、制作に没頭しました。制作といっても、自分という人間はどういう人間なのか、自分は世界をどう捉えているのか、人間の脳と視覚、世界との接点、時代の流れ、天体、物理、宇宙、時間、心理学、哲学などなど…潜れば潜るほど相関する学問に触れざるを得ません。学問も客観も現実も性癖も風のように撫でて、その中のリアルを、私の場合は油絵の具という物質を通して、表現する。そんな制作の日々でした。2回目の緊急事態宣言が発令されるタイミングで図らずも再び長野へ戻ることとなりました。私は以前から自分の人生は、色鉛筆で描いた線を消す作業と似ていると感じています。紙に描いた色鉛筆の線は、消しゴムではなかなか消えません。生まれ落ちた環境に従って受け入れるままに描き足してきた線ですが、大人になるにつれ、思っていた現実と何かが違う、と強く感じ始めます。そして今度はそれを一生懸命に消してゆくのです。深い筆跡は後が残ってなかなか消せませんが、それでも懸命に消し続けた後の、うっすらと色が残った紙に、今度は望むがまま自分の人生を描いていく。そんなイメージがあります。出生環境から刻み続けた深く馴染みきった脳のシワを、ひとつひとつ自覚し受容するような幾度もの作業は、遅々とした歩みでしたが、だんだんと私をニュートラルにしていきました。いまようやく、一通り色鉛筆の線を消せたのかな、そんな感覚を持っています。今回展示する作品は、上記のような状況下で描いた油彩と、長野を発つ前から描いていたドローイングをご高覧いただく予定です。